12世紀に
ジャヤーヴァルマン七世は新たに都城アンコール.トム(大きな町の意味)を建設、領土内に寺院、施療院建設、道路網、宿駅整備などをしてクメール帝国的支配の枠組みを造り上げた。

そのアンコール.トムはアンコール.ワットから北へ1500m行くとあり、南門城壁に着く。一辺3km高さ8mのラテライト(紅土石)で囲まれた9平方キロの敷地にバイヨン寺院をはじめバプーオン神殿、王宮跡、象のテラスなど数々の遺跡がある。

中心部にある
バイヨン寺院は王の最も崇拝した観世音菩薩の巨大な四面像がそびえ立つ多数の塔に刻まれた仏教の寺院として建てられた。観世音菩薩の面は全部で196面あり中心塔の高さは45mに達する。後世にヒンドゥー教に変えられ仏陀像は破壊されている。
第一回廊の上部天井は崩れているが、壁面の浮き彫りにはジャヤーヴァルマン7世が
チャム軍を駆逐した戦争物語や当時の貴族や民衆の実生活などが如実に描かれている。

第二回廊から上部テラスに上ると観世音菩薩の四面像が、手にとるように真近にせまる。観世音菩薩の顔の長さは1.75mから2.4mに達する。この顔の姿を
クメールの微笑と言われ、荘厳さの中にやさしい微笑みを浮かべている。

北門を出て200m先には空中参道が続く
パプーオン神殿があるが今、修復工事中で内部の見学できない。かってはバイヨン寺院より高く50mに達してたそうだ。さらに北へ300mに王宮跡地があるが木造建築であったため腐りはて建築様式不明で城壁のみ残っている。ここから東に王宮の門があり、勝利軍の凱旋を王が謁見した王のテラスと象やガルーダの回廊があり勝利の門への道が東に延びプラサッット.スウル.プラット遺跡やクリアン遺跡が続いている。(2005・9・2午前見学)

南門の大蛇を引くデーヴァ(神々) アスラ(阿修羅)の列像 環濠に架かる橋
観世音菩薩の南城門 バイヨン寺院東表参道 バイヨン寺東正門テラス
踊る舞姫 クメール象軍隊 敵軍チャンバと戦う
中国人の援軍 クメール人の軍隊と指揮官 食料運搬部隊
壷酒呑みと釜戸で調理(床面) 鳥を矢で獲る 海戦のレリーフ
闘鶏 中国人漁師が投網で魚を捕る 将棋
森へ向う行軍 第一回廊から第二回廊 第二回廊
第二回廊の女神像 中央祠堂からの菩薩 観世音菩薩四面像
ヒンドゥー教徒に削り取られた石仏像群 上部テラスの観世音菩薩四面像 東側の四面観世音像
中央塔と観世音菩薩像 観世音菩薩四面像 ;クメールの微笑;と言われている
外気36度の熱さ休息中 回廊からの観世音菩薩像 女神聖像
蓮の上で踊る天女アプサラス像 北門から出る 観光用象
パプーオン神殿と空中参道 王宮の塔門 王のテラスから勝利の門に続く
獅子と王のテラス ガルーダの回廊 ガルーダとガシャシンハ
象の階段 象の回廊 王のテラス前広場

庄福BICサイト  アンコール.ワット    タ.プローム寺院遺