庄福BICサイト     韓国歴史の旅 1日目 水原華城~利川の高麗青磁~丹陽八景



仁川空港
 2011年10月16日、阪急トラピストの「韓国周遊ハイライト4日間」の出発日です( )このツアーは忠清北道の紅葉見物と忠清南道の5~7世( )に百済の都であった扶余と公州を、水原( )ソウルでは朝鮮王朝の歴史を見学します( ) 自宅を早朝3時すぎに出て、6時、羽田国際空港を旅発つ( )さすがに睡眠不足です( )「ソウル仁川(インチョン)国際空港」に8時半に到着( )この空港は2001年3月に干潟(ひがた)干拓(かんたく)して開港しました。ツアーバスは海に架かる全長21kmの仁川大橋(インチョンデギョ)(2009年完成)を渡り、高層( )住宅が密集する仁川の街並を通る( )ソウル近郊では土地が狭いの( )一般の人は高層住宅に住む人が多い( )日本みたいに外空間のベランダが無い( )冬は寒いので洗濯物は窓際の部屋に干すのかな?。( )
50km南にある「水原華城(スウォンファン)」 に到着。この街も高層の住宅( )ビジネスビルの建つ中都市です( )

                    【水原華城】
  李氏朝鮮王朝とは1393年から1910年まで508年間続き、27人の王がいた朝鮮半島の最後の王朝です。水原華城は王朝22代正祖(チョンジョ)大王1796年に政争により悲運の死を遂げた父を(いた)み、墓を、楊州(ヤンジュ)から水原の南の華山にに移し、2年8カ月の歳月をかけて( )その周囲に城壁や塔、楼閣や城門を築い( )防護を固め築いた城です。城壁の長さは5Kmを越えます。正祖大王はここへ遷都(せんと)する計画があったが、王の急死により実現しませんでした( )朝鮮戦争の際に一部が破損するが、1975年から5年間をかけて修復・復元され、1997年にはユネスコの世界遺産に登録されました( )
 城郭の築造には石材と煉瓦を併用し、矢と槍と剣を防御し、壁には鉄砲で防衛する窓を備えている( )①蒼龍門は攻めてきた敵を迎え撃つ際に、門の正面からだけでなく、門の左右は少し城壁が外側に突き出し、側面からも攻撃することによって( )より敵にダメージを与える効果を狙ったものらしい。2ヶ所ある②空心墩は煉瓦造りの墩台の上に兵士が監視する建物である( )


①蒼龍門


蒼龍門の軒下


監視用の
②空心墩と城壁


②空心墩上部の建物


空心墩監視室内
  
軍士指揮所③東将台


土塁と城壁の並び(内部から)


軍事の監視と景観を楽しむ
④東北角楼


東北角楼と外石垣

       
 東北角楼の室内装飾
 

川の氾濫や敵の侵入を防御する⑤華虹門


下流の街並
 ③東将台は、華城の東北方面の軍士指揮所であると同時に軍事訓練場としても使われた( )4ヶ所ある④東北の角楼は、監視したり、時には休息を楽しんだ所で、別名、訪花隨柳亭ともいい、朝鮮時代王室の一番美しい東屋の一つである( )⑤華虹門は水原華城を横切って流れる水原川に架かる石橋で、7つのアーチ型水門が設置され、水門の上には単層の楼閣が建てられ、水と敵の侵攻を防ぐ役割を持っていた( )下流側では観光用に時間帯により噴水が出ている。

水原華城の北部の城郭を見学した後、バスで1時間、田園風景の利川(イチョン)に着いて昼食。「冷麺」!ちょっと物足りなかったので、別注の韓国風お好み焼きチジミとビールで満腹、キムチも美味しかったよ~。( )

       【利川の高麗青磁】
利川の名物は温泉と高麗(こうらい)青磁の生産地です。青磁は高麗王朝時代に中国から喫茶(きっさ)の器として渡り生産されていたが12世紀後半にモンゴルの(げん)に侵略され王朝は衰退して、高麗青磁は姿を消していたが( )1950年代に利川で陶芸家らの努力で復元された。即売所の窯元(かまもと)に着くと完璧( )な日本語を話す女子従業員に案内される。素焼きの青磁の器肌に精微な模様を彫りぬき( )そこに白色粘土を埋め込む。窯焼(かまや)きのあとは光沢のある青い地肌に綺麗な模様が出来る( )商品を進められが何百万ウオンもする高価な壷や皿で買えません( )ガイドさんによると上手な日本語を話す女性は( )日本の統一教会の信者で韓国人と結婚して利川に住み( )ここで働いている方と説明がある( )
 
チジミ
 
豊臣秀吉による朝鮮出兵は、ご存知であろうが、佐賀藩の鍋島直茂は「戦利品」として優秀な陶工たちを連れ去り( )その結果、佐賀の有田焼の元祖となる国産初の陶器が誕生したが、朝鮮半島では陶工( )や生産者を奪われた為に質量ともに陶器生産が落ち、元に戻るのに100年程かかったという、大変迷惑をかけた歴史を知っておこう( ) 
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                     丹陽観光】
次ぎは2時間かけて「山水画の世界・丹陽(タニャン)」の観光。南漢江(みなみかんこう)の上流で景色が素晴らしく丹陽八景と呼ばれています。バス駐車場に着くと、島潭三峰(ドダムサンボン)は漢江上流である川の中にあり、ガイドさんの説明では( )言い伝えによると真中にある大きな岩が旦那さんで、左の小さな岩が本妻さんだそうだ。しかし、子供が出来ず、(めかけ)さんが出来て、右の岩がそうですが、お腹に赤ちゃんが出来たそうだ。お腹が膨らんで旦那を見ているように見える。駐車場から急斜面の階段( )を息を切らして登り詰めると、侵食で出来た霊験新たな神仙達が往来するという石門(ソンムン)がある。登り口の噴水のあるドームでは韓国で大流行している、カラオケで歌う観光客?で賑わっていた( )売店では日本の観光地みたいに、お土産らしき品は売っていなかった( )売店の店頭では何らかのサナギの煮物と川で獲れた小貝の煮物を売っていた。美味いだろうか( )路地では野菜の露天売りの伯母さんがしきりに売り込むが、税関検査で持ち帰りできません( )
 

期待の夕食は「ゴンドレ釜飯」とお馴染みの諸々の食材です。釜飯は山菜を入れただだのご飯でした( )期待はずれ~~。でも、小皿のおかずで満腹です( )小皿の料理は向い合った連れの2人で自由に摘んで食べます。ここにもキムチはちゃんとあり( )おかわり自由ですが、そんなに食べられる物ではありません( )今晩、宿泊の原州(ウォンジュ)のホテル周辺は公園で商店は無いと言われ( )隣のコンビニでビールを買い、ホテルで入浴後( )部屋の窓から遠くに見える( )花火を見ながら寝酒です、幸せですハイ・・睡眠・・・・。( )朝6時起床、起きれるかな( )
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