【地名のはなし】 |
坂田(大字名)上坂田・下坂田(行政区名) |
坂田は傾斜地にある水田の意味もあるが、縄文中期から稲作が始まった平坦な地域です。ドラヴィタ語の中でタミール語が日本語の語源に近く縄文中期に入った稲作に関する単語にコメ、イネ、ウス、ハタ、タなどの語源があります。坂田・長田・小田のタの言語は稲作開始とともに流入した縄文中期から稲作が始まった頃の地名でしょう。坂田は多くの縄文・弥生遺跡が眠る地域です。 |
郡領(小字名)・郡領二・郡領三(小字名) 上坂田 |

セロリ栽培 |
上坂田集落の北西のセロリ畑です。律令制度の郡司の役人(在地首長)が管理する田畑の地名です。
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掛上・掛中・掛下・掛一・掛二・掛三(小字名) 上坂田 |
上坂田集落の小字名です。掛=画のことで集落内の区割りに使用された地名です。
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本郷道一・本郷道二(小字名) 上坂田 |
上坂田集落の西方に本郷村・文広村に往来する道の周りの水田に付けた地名です。
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河田一・河田二河田三(小字名) 上坂田 |
上坂田集落の東から西に流れる南方の川傍の水田で、単に川の傍の田んぼの意の地名です。
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市場(小字名) 上坂田 |
上坂田に市場の言い伝えはありませんが、老松宮入口にに恵比寿さんの祠があることから商いをしていた民家が立並んでいたと思われる。
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大畠一・大畠二(小字名) |
上坂田集落の南東側の水田の地名です。耕地面積の大きい畑の意の地名です。
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町畠一・町畠二(小字名) |
大塚集落の手前の畑です。耕地面積による畑の意の地名です。昔の面積の単位は町(ちょう)・反(たん)・畝(せ)・歩(ぶ)・坪(つぼ)・合(ごう)・勺(しゃく)が使われました。一町=三千坪=約9917uです。
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中園一・中園二(小字名) |
国道209沿い東にある昔は畑の所です。園とは主作物以外の桃、梅、茶などを植えた畑の意です。
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権現一・権現二・権現三(小字名) |
権現塚のある周辺のハウス栽培の畑の地域です。ゴンゲンとは仏教の「権現」思想からが神号になつたもので、その神様の名を付けた畑です。
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稲葉上・稲葉中・稲葉下(小字名) |
坂田の東南部の昔は畑の所です。竹や木を組んだ、刈った稲を掛けて乾かす設備の稲掛が普及前に、稲干場とした所で、平素は芝草地になっていた意の地名です。
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大塚(小字名) |
権現塚のある畑の所です。大きい塚のある意の地名です。
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定角一・定角二・定角三(小字名) |
ジョウガクは定覚とも書かれていますが、それは「定額」から来たものです。中世期において、豊凶によらず、土地に対して一定額の税金を納める制度の土地が定角の起こりの地名だと思います。国道209西側沿いにある田畑の地名「定角」は昭和37年に弥生時代中期の石棺とかめ棺が発掘された場所で傍に「中園」の地名がありますが、ここでは縄文時代の土器が出土しています。このあたりは古代から開けていた所です。
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上池田・下池田(小字名) 下坂田 |
坂田の西南部にあり矢部川に近い為、湿地帯の堀や池を埋めて造成した水田地帯です。
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北庄分・南庄分(小字名) 下坂田 |
坂田の南西部の端にある水田で平安時代の荘園にちなむ地名です。
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前田(小字名) 下坂田 |
坂田の南部にあり、名主などの有力者が、領主から免田として認められた肥大な土地の遺名です。その中には領主の直営田で、下人に耕作させていたのもあるようです。 |
屋敷(小字名) 下坂田 |
瀬高地方では家のことを古くは屋敷と言い、立派な家は御屋敷と呼んでいました。下坂田集落の住宅地帯の意の地名です。 |
極妙寺(平嶺山) 上坂田 |
真宗大谷派。万治2年(1659)肥後国の菊池氏の子孫、坂田太郎久増の子供の坂田小右衛門は剃髪して経意と称しこの寺を開祖建立した。
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